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なくした足音を探すように
- 吉田翠
- 2020年12月16日
- 読了時間: 1分
更新日:4月16日
なくした足音を探すように
優しいあなたは
きっとそれがわたしのためだと思って
勝手にそう思って
だから
切れたワインを探しに角のお店まで走るように
時計の針がたいして動かないうちに戻るかのように
手触りのいいビロードでわたしを包んだまま
下手な気遣いをしていなくなったのね
優しいあなたは
わたしの手元に大層値の張りそうな一枚の絵を残して
見飽きるまでたっぷり時間があると言い含めて
安い嘘に満足すると思っていたのね
優しくて独りよがりなあなたは
そのあとわたしがどうするかなんて
考えもしなかったでしょう
ずっと待っているのよ
仕返しをする少女のように かわいそうな人がいつも泣いていると
風の噂が優しいあなたの耳元でささやけばいいと
冷たく笑いながら
ずっと待っているのよ
本当のわたしの姿らしきものは いったいどこを彷徨っているのかしらね
そうしてしまったのは
優しくて独りよがりなあなたの慈悲深さよりも
自分の値打ちにおかしなラベルを貼ったひもじいわたし自身だと
とっくに気が付きながらまだ 足音のするほうを見つめているなんてね
用意するのは空のワイングラス
滑稽だわ