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オルゴール

  • 執筆者の写真: 吉田翠
    吉田翠
  • 2020年12月16日
  • 読了時間: 2分

更新日:3月2日



オルゴール


例えばほとんど仕事をとらなくなった ひとりの老職人がいたとする。

子供は山を越え国境を越えた場所で 妻と可愛い子供のために商人になったらしい。時計職人は向かないと言った。

そうか。


ひと足早く旅立った愛妻にこれ以上そっぽを向かれないように、今夜も少々の酒を嗜む程度にとどめよう。誰のためにと 悪態をつきながら働いてきた数十年が 思い出されるようでもあり、 遠のいていくようでもあり。


彼の友達は、おかしなことに 時折やってくる薄い桃色の羽を背中につけた小さな妖精だった。 若い時分は作業場に迷い込む妖精をさかんに追っ払っていたものだ。


暖炉の周りをふわりと飛びながら、 どこで覚えたのだろう。

村の子供が 花を摘む時のようにしきりと歌を歌う。

それを聞いていると ヨーデルを後押しするアルムホルンのように 、老職人はこのちいさな友達に カリヨンが奏でるような音をプレゼントしたくなった。

無性にそう思った。


弱くなった目でも、手の感触は生きているだろう。シリンダーに打ったピンが正確に金属の歯を弾くよう 丹念に丹念に細工をほどこす。

出来上がったゼンマイ仕掛けにうっとりとり耳を傾ける妖精 。

彼は満足気な笑みを返す。


暫くの間ひとり目を閉じて、自分は何を残せたのかと思う。 家族のため…… いや自分と家族のために働いた数十年をぽつりぽつり思う。

いつの間にか小箱の中で、 ちいさな妖精は静かな寝息をたてていた。

例えば、の話。








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