弱き心天空に燃ゆ
- 吉田翠
- 2月19日
- 読了時間: 2分
更新日:3月3日
弱き心天空に燃ゆ

メソポタミア南部、シュメールの都市ウルクが栄えた時代の聖域エアンナに、かつての神殿と思しきおぼしき廃墟があった。
栄華を誇った神殿には、同時に忌まわしき出来事が眠る。
伝承を丹念に調べた末、禁を犯すようにして唱えた叙事詩が神官の知る所となり、人々を惑わしたとして、若い吟遊詩人が凄惨な拷問にかけられたという。
闇に葬られた詩であったが、実はその断片が密かに漏れ伝わっていたのだった。
*
忌まわしくは我が体
此の身の分離叶わずと知った時より
満たされぬ心を持て余し
愛欲に溺れるも
したり顔にて崇め奉る厚かましさ
繰り返し繰り返し
新しき荷物を背負わされ続けた
苦しみをいかに
全ては神官共の思うがままに
ーーイシュタル独白ーー
わたしは宵の明星と言われ、光輝く金星を司る者。明けの明星たる男神も同じ名を持つ。
『イシュタル』
宵の明星と明けの明星と、それぞれを分け合い天空に崇高なる輝きをもたらしていたものを。
「男神イシュタルを、我が体に取り込ませてしまったのは一体誰なのか」
愛おしいイシュタルは消えてしまった。残されたわたし、女神イシュタルは輝きを増し、神官共の餌食となった。
右の乳房からは豊穣を、左の乳房からは戦の勝利を搾り出せと手を伸ばす。ましてや我が全身を、淫乱のそしりを受ける娼婦の守護神の地位に導くとは抜け目ない。恍惚の吐息は、時に血肉の叫びだった。
ウルクに留まらず、メソポタミア全域からアッシリア、ヒッタイトに至るさまざまな異国の神と交わりを結び、尚多くの神性を背負うに至った。
煌びやかな宝石と溢れる美酒。ハープを携えた楽士による饗応すらも、実際手にしていたのは誰なのだ。
力を持った者は誰なのだ。
その力をどのように使ったのだ。
神官共が作り上げた、壮大な物語を餌にして生き永らえたわたしは、神殿の奥深くで、破れた絹を纏い横たわろう。神官共のゆく末と、弱かった己のこころを見つめるために、薄目を開けたまま朽ち果てよう。
いつか廃墟と化した神殿に、草木が再び巡る日が来たらその時こそ、再び夜空に住処を見つけよう。
付き従う従順なライオンよ。わたしの代わりに吠えてはくれまいか。
「宵の明星と明けの明星と、それぞれを分け合いただ天空に輝いていれば、わたしは幸せだったはずなのに」
人と神、そこに心というものがあるならば、いかほどの違いがあろうや。
付き従う従順なライオンよ、吠えてはくれまいか。その喉元を震わせて高く遠くどこまでも、どこまでも。