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ケメトを運びし悠久の流れ
- 吉田翠
- 2月18日
- 読了時間: 2分
更新日:3月5日
ケメトを運びし悠久の流れ

青の川 白の川
今年の水かさはいかに
わたしは大地
手を伸ばせば掴み取れそうな月と
慈悲深く猛々しい太陽に抱かれたわたしの身体
静かに氾濫の時を待ち
ケメトを迎え黄金の花を咲かせよう
*
おとうさん、今年もたくさんの作物が取れるのかな?
そうともさ、息子よ。
豊穣の神ハピ様はきっと水と土を運んでくださる
ケメトはどこから来るの、おとうさん?
息子よ。
異国の地、この川の上流に青と白という力強き者がいる。
彼らが年に一度の破天荒な振る舞いを始めると、おそらくナイルの化身ハピ様が目覚め、黒き土ケメトを喰らうのであろう。
上流では破壊をもたらすやも知れぬ。
けれどこの地には、無くてはならぬ荒々しき川旅だ。
黒き土が満ちた時、それを迎えた大地は隅々まで力をたぎらせるだろう。
氾濫がなければ土は枯れ作物は育たぬ。
忘れるな息子よ。
じいさんのそのまたじいさんの、そのもっともっと昔から、この乾いた大地に恵みをもたらすナイルの力を。
破壊の果てに我らが受け取る恩恵を。
息子よ、忘れるな。
*
わたしは大地
赤く空が染まる頃
悠久の流れを前に祈る人々の姿をわたしは見た
差し出す腕はあたかもくうを摑まえるかのごとく
多いなる氾濫を願いハピと共にあらんと
ケメトを迎える時わたしは喜びの歌を奏でよう
人々の目の前に
目にも鮮やかな黄金の花を咲かせよう
黒き豊潤な土を纏うわたしの身体を
たわわの麦穂で埋め尽くそう
尽きることなく流れる大河よ
青と白の恵みを
残酷なまでに一手に引き受けるナイルよ
静かにその時を迎えよう
わたしは大地