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外伝 母なれば

  • 執筆者の写真: midoriandhana
    midoriandhana
  • 4月30日
  • 読了時間: 2分

更新日:7月17日



 色付いた葉は、まだ充分に夜風を除けてくれる。幾重にも衣を巻きつけ、熱のある我が子を抱き抱えた女は、太い木の根本に腰を下ろした。


「すまないね、正吉。風邪をうつしたく無いんだよ」


 随分と言葉の増えた正吉であったが、熱のある身では母の言葉など、はなから届くわけでも無く眠っていた。

 山伏よりあの子を預かってからもう一年。どうするべきか考える時間が、女には充分にあった。


「大避大神ゆかりのこの赤子の顔を良く見てくれ。この痣。荒ぶる神の念が籠っておる。其方以外に頼める者はおらぬ」そう山伏は言った。


 女は名を京と言う。京はぐっすり寝入っている我が子の頭を撫でた。

 山伏より預かった子は女の子で、ゆきと呼んでいた。正吉が風邪を引けば正吉を抱いて外に出る。ゆきが風邪を引けば、粗末な部屋を暖かくしてゆきの看病をした。山伏から託された子を育てるとは、そう言う事なのだ。

 だが、これからの事を考えれば、そろそろ同じにせねばならない。何もかも同じようにと、京は正吉を抱きしめ腹を括った。


 子を孕んだ為に流れて来たが、動乱の時代を白拍子と言う自らの芸ひとつで生き抜いた女の覚悟が京にはあった。それはゆきを、殿上人をも唸らせる舞手に育て上げる事であり、山伏がゆきを連れて来た時に持った直感とも言うべきものだった。

 そのためには、今以上に客を取らねばなるまい。元手が必要であったし、子守を頼んでいる半ば盲とも言える婆を飢え死にさせるわけにもいかぬ。村人の目を気にしておっては、どうにもならぬ話だと京は思った。


 そして何より……


 いずれ何かの折には山伏が手を貸してくれるやも知れぬと考え、京は息子の正吉をも表向き女人の白拍子として育て、ゆきの踏み台にさせるつもりであった。


「堪忍な、正吉。これが母に流れる血の行き先だと、恨んでおくれ」京はそう呟き、浮かんできた山伏の顔に心の中で手を合わせた。


 顔を赤くして眠っている正吉の額に手をやる。季節にはまだ早い小雪がちらちらと舞っていた。京は、それが正吉の顔に落ちぬよう手で払った。



 数年の月日が流れた梅の頃。京と共に奉納の舞に上がった幼い姉妹。

「ふたりは自分の娘だと京は言うんじゃが…… 」と、怪訝な様子でひとりの村人が口にした。それを聞いた別の者が「ああいった者らの詮索はせん方がよい」と首を振った。


 名は葵と桔梗。互いをそのように呼んでいたと言う。



【了】







 
 
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​流れは
 塵と共に

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