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花が舞う

  • 執筆者の写真: midoriandhana
    midoriandhana
  • 5月3日
  • 読了時間: 2分

更新日:2 時間前


 北朝は後円融、南朝は長慶天皇の御代。花の頃。


 芸に身を置くひとりの少年が、水干を身につけ歌いながら舞う女人の姿を目の前に座していた。


 そもそもは色の淡いはずの桜。その桜の花が、あたかも朱の炎をはらみ、夜空の星々を目指して燃えてゆくかのようであった。

 音を消し去り、我を消し去り、哀しみを哀しみのままに喜びを喜びのままに携えて、待ち構える無の境地に登る花吹雪。

 二条家の屋敷に招かれていた少年は、幼さが残るとはいえ、鋭い感性ゆえか、その舞姿に圧倒された。


「前時代のものとされ当節では廃れたとされる舞ながら、この者の舞いっぷりは別物。名手と謳われかつてはこの都で引っ張りだこだった評判の舞手にございます」この舞手を呼んだ公家のひとりが小さく声を出し、居並ぶ大人達はそれぞれ頷いた。


 少年は舞を披露する女人を前に、身じろぐ事もできずにその顔を凝視した。四十に届くと言うが美しく、そして浮かびあがる右頬のあざ。



── あれもまたまことの般若。夜叉よ、其方もいづれ知る日が来るであろう ──



 少年は周りを見たが、口を開いている大人はいなかった。

 何処からか少年の耳に聞こえてきた声。それは鬼神か天狗か、或いは物の怪の仕業だったのか。この時限りであった。その後、夜叉と呼ばれた少年がこの女人の舞を目にする事はついぞ無かった。



── 宿命ぞ ──



 朱に染め上げ、星空に向かった花と、得体の知れぬ声。やがて少年は父の後を継ぎ精進を重ね、芸を極めるにつれ、業の背中に広がる北天の星に神を見出すようになっていったという。それが束の間聞いた声の主であったかどうか、無論誰ひとり知るところでは無い。そして名を残す存在になった時、半ば懐に封じたものこそを『花』であると記した。




 記憶を曖昧にしながら歳月は流れる。そして何百年の時を経ても、人々は桜の散る様を見てはこのように言うのだ。



 花が舞う、と。







初ざくら世阿弥の舞ということか


俳句 草笛さん






夜叉 正しくは鬼夜叉で、世阿弥の少年時代のいわば芸名。



 
 
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